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長野地方裁判所松本支部 平成6年(ワ)18号 判決 1996年3月29日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

上條剛

右同

山内道生

被告

株式会社住建

右代表者代表取締役

各務今朝一

右訴訟代理人弁護士

久保田嘉信

主文

一  原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金一三二六万一八〇〇円及び平成八年三月から毎月二九日限り月額金四二万七八〇〇円の金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その八を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五  本判決は第二項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告に対し、金二六三万九〇〇〇円及び平成六年一月から毎月二九日限り月額金五二万七八〇〇円を支払え。

3  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成六年一月三〇日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第二、三項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者間の労働契約の成立

被告は、建築材料製造販売、土木建築工事の請負等を目的とする株式会社であり、原告は、昭和五〇年二月に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し(以下「本件労働契約」という。)、以後被告において勤務するようになった。

2  被告による雇用関係の否定

被告は、原告の就労を拒否し賃金を支払わないなど本件労働契約の存在を争っている。

3<1>  被告は、原告に対し、本件労働契約に基づき、前月二一日から当月二〇日までの分の賃金を当月二九日に支給してきたもので、平成五年八月当時の賃金は金五二万七八〇〇円であった。

<2>  また、被告は、平成五年八月三日、原告に対し解雇の意思表示をしたが、これは解雇権を濫用して故意になされたもので、原告は、これにより筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を被った。そして、これを慰謝するための損害賠償額としては金三〇〇万円が相当である。

<3>  よって、原告は、本件労働契約関係に基づく権利を有する地位にあることの確認を求め、本件労働契約に基づく賃金支払請求権に基づき平成五年八月以降平成五年一二月までの賃金合計金二六三万九〇〇〇円及び平成六年一月以降毎月二九日限り金五二万七八〇〇〇円の賃金の支払いを求めるとともに、不法行為に基づく慰謝料請求権に基づき金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一月三〇日以降支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2、3の<1>の事実は認める。同3の<2>の事実中、被告が原告を解雇したことは認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  主位的抗弁

<1> 原告は、被告の大町支店長であったが、平成三年七月二九日に開催された被告の株主総会において、取締役に選任され、原告もこれを承諾した(以下「本件取締役就任」という。)。

<2> そして、本件取締役就任の際、原告と被告は、本件労働契約を合意解除したので、これによって本件労働契約は終了した。

2  予備的抗弁

<1> 解雇の意思表示

仮に、本件取締役就任によって本件労働契約が終了していなかったとしても、平成五年七月三〇日に開催された被告の株主総会において、原告は取締役として選任されなかったもので、このころ、被告は、原告に対して、黙示的に解雇の意思表示を行った。

<2> 解雇理由

被告は、その就業規則に、会社において不適当と認めるに至ったとき(二四条八号)、その他社員として勤務させることが不適当と認めたとき(二八条一三号)を解雇事由として規定している。そして、被告が前記<1>の解雇の意思表示をなした理由は以下のⅠないしⅢのとおりであり(なお、各解雇理由につき、以下「解雇理由Ⅰ」等ということがある。)、これらは前記就業規則の規定に定められた解雇事由に該当する。そして、右解雇については、解雇権濫用にわたるような事情はなく、これによって本件労働契約は終了したものである。

Ⅰ<1> 原告は、平成元年四月ころから平成二年七月ころまでの間、被告の大町支店長でありながら、同支店の従業員M1に対して、わいせつな言葉をかけるなどのいわゆるセクハラ行為を重ね、右の間に、少なくとも二回同女の後ろから下半身を押しつけるなどの行為を行った。

<2> 原告は、右の行為を繰り返した末、M1が自分との恋愛や性交渉に応ずる意思がないと分かってからは、同女が前記大町支店従業員M2と恋愛関係にあると邪推し、平成二年七月以降、両名に対して様々ないやがらせ行為を行い、同支店内の従業員から著しい反感を買うに至った。更に、原告は、M1とM2が不倫関係にあると取引先に言いふらし、被告の信用を害したものである。

Ⅱ<1> 原告は、平成三年秋、被告の大町支店が開催する秋の展示会に来訪する客の駐車場として、例年通り、隣地のガソリンスタンドにその使用の承諾を求め、その礼をすべきところ、これを怠り、右ガソリンスタンドから原告の部下が苦情を言われた。

<2> 原告は、平成四年二月ころから、大町支店に出社後直ちに出かけ、その後も三時ないし終業時刻頃まで帰社しないようになった。原告が、支店内に在勤する時間が短く、支店長である同人に連絡がつかないため、従業員らは指揮命令を受けられず、士気が低下する等職場の秩序が乱れ、業務に支障が生じた。

<3> 原告は、平成四年三月に大町支店の展示会場に使用したホテルへの支払いを数か月間遅滞し、そのため、被告の財政状態が疑われるなどその信用が大きく失墜した。また、被告の従業員は、以後、右ホテルを利用しにくい状態となってしまった。

<4> 原告は、大町支店長として、その従業員であるSが平成四年三月に起こした交通事故に関して、対応や処理が遅れたため同事故の被害者から、他の被告の従業員が叱責されるなどした。

<5> 原告は、平成四年に大町支店が行うべき夏の展示会を自ら指揮命令して実施すべきところこれを怠った。そのため、同支店の従業員であるM3が代わりにこれを実施したが、予定より二〇日も遅れてしまった。また、原告は、右展示会当日も行先を告げずに会場を立ち去るなどした。

<6> 原告は、大町支店長であったにも拘わらず、担当する得意先からの集金率が、平成四年八月度以降低下し、通常の回収率を大きく下回った。また、同人は、得意先に請求書を三ないし八か月にわたり送付しなかったため、得意先から値引きを請求されたり回収が困難な状況を招き、被告に、未回収金額分の合計三四六万三九八二円の損害を与えた。

<7> 原告は、平成五年、大町支店の取引先の新年会などの儀礼をしばしば失念して被告の信用を失墜させた。

Ⅲ<1> 原告は、鬱病と診断され被告を休職した後、平成五年五月に被告の本社に取締役業務管理部長として復職したが、平成五年五月三〇日、大町支店の棚卸作業の責任者として職務分担されたにも拘わらず、同支店に最初訪れたのみでその後行先が不明となり、部下に対する指揮命令を怠った。

<2> 原告は、その後平成五年六月一日から七月二七日にかけて、無断欠勤や無断退社を繰り返した。

<3> 原告は、被告から、平成五年五月一四日から六月一四日までの間、一一回にわたりトイレや自動車用の消臭器を合計六八台持ち出し、そのうち二五台の販売先と納入先を明らかにしたのみで、その余については販売先、納入先が不明で、代金の回収もしていない。そのため、被告は合計八四万四六〇〇円相当の損害を受けた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の<1>の事実は認め、同1の<2>の事実は否認する。

2  抗弁2の<1>の事実のうち、被告が原告に対し解雇の意思表示をした事実は認めるが、その日時等は否認する。右解雇の意思表示は、被告の本山崇専務が平成五年八月三日、原告に対してなしたものである。

同2の<2>の各事実のうち、被告主張の就業規則の規定が存すること、原告が鬱病と診断されて会社を休職し、その後平成五年五月から本社の取締役として勤務するようになったことは認め、その余の事実は否認する。

理由

第一  請求原因1、2、3の<1>の事実は当事者間に争いがない。

第二  抗弁1について

一  抗弁1の<1>の事実は争いがない。

二  抗弁1の<2>の事実について

被告は、原告が平成三年七月二九日に取締役に就任した際、労働契約を合意解除したと主張する。そして、取締役は、会社と委任契約関係にあり(商法二五四条三項)、取締役会を通じて会社の業務執行に関する意思決定を行う権限が認められるので、取締役に就任することにより、労働契約については、合意解除したとみるべき場合もありうる。しかしながら、取締役に就任したとしても、当該取締役が担当する具体的な職務内容、会社内での地位・権限等によっては、実質的には労働者としての性格を有している、取締役兼任従業員である場合もあり、この場合には、委任契約と労働契約を併存して締結していると解すべきことになる。

そこで、検討するに、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告の職務内容、地位、権限、待遇等は、以下のとおりであることが認められる。

1  被告は、昭和四二年に設立された株式会社で、主に建築材料の製造販売等を営業内容とし、松本市内の本社の他、大町支店、白馬、上田、宇都宮の各営業所、穂高、南松本の各店舗等を有している。被告の従業員は約五〇名であり、取締役は七名である。

原告は、昭和四二年三月に大学を卒業し、観光関係の会社の管理職等をした後、家庭の事情から出生地である長野県大町市に帰郷し、昭和五〇年二月に被告に中途採用され、大町支店勤務となったが、昭和五三年に同支店係長、昭和五五年に同支店長に就任した。更に、その営業上の実績が認められて、昭和六二年六月ころから役員待遇を受け取締役の肩書を付されるようになり、平成二年六月以降は、給与面でも役員待遇となった。原告は、平成三年七月二九日の被告の株主総会で、田口勝二、角田盛男と共に取締役に就任し、その旨の登記がなされた。

2  しかしながら、原告は、平成二年七月ころから、大町支店長として、被告の白馬営業所の開設準備のため多忙になった上、大町支店の従業員であるM1とM2が不倫関係にあるのではないかと考え、その点を両名に問い質したところ、かえって同支店内の他の従業員から反感を買ったことなどから、次第に職場内の人間関係に思い悩むようになった。

平成四年八月以降、原告の大町支店における売掛代金回収等の営業成績が従前よりかなり落ち込んだことから、被告の代表取締役である各務今朝一(以下「各務社長」という。)は、原告の健康状態を心配し、平成五年一月中旬ころ、原告に対して病院を紹介し検査や治療を受けるよう助言するとともに原告を大町支店長から被告本社勤務とする旨命じた。

原告は、右指示に従い精神科で診察を受けたところ、鬱病と診断され、平成五年一月二九日から同年五月九日まで、病院に通院して治療を受ける等し、その間は被告に出社しなかった。

3  そして、原告は、右病状が好転したため、平成五年五月一〇日から出社することになったが、被告の専務取締役である本山崇(以下「本山専務」という。)は、原告の鬱病の原因が営業成績等を気にしすぎることにあるのではないかと考え、当分の間、原告をさほど営業成績を気にせず、精神的に負担にならないような職務に勤務させるのが適当と判断した。そのため、被告は、原告を被告の本社の業務管理部長とし、従前の病状が好転して順調に職務に復帰した後にあらためて大町支店長に任命することとした。

4  原告は、前記のとおり、平成五年五月一〇日以降、被告の本社に出勤していたが、本山専務は、同年七月二六日、原告に対し、同月三〇日に同人の取締役の任期が満了するが、各務社長は、同日開催される株主総会で、原告を取締役に推挙せず、取締役として再任されない予定である旨を伝えた。更に、このころ、本山専務は、原告に対し、取締役を退任し課長等として被告に勤務することを促したが、原告は取締役としての留任を強く希望した。なお、同日、原告は、七月分の賞与として一〇万円を本山専務から支給されたが、従前より減額されたことについて同専務に質問したところ、本山専務は、原告が会社を休み迷惑をかけたことが理由であると告げた。

5  原告は、平成五年七月三〇日に開催された被告の株主総会(以下「本件株主総会」という。)において、取締役に再任されなかったことから、同総会の席上、不再任の理由を聞いたところ、本山専務は、取締役として不適任である等と答えたが、それ以上に具体的な事由については明らかにしなかった。本山専務は、右同日、本件総会終了後に原告に対し、再度、次長か課長として勤務してはどうかと打診した。原告は、これに対しても取締役としての留任を求めたが、同時に取締役を退任して被告に勤務する場合の労働条件等を明らかにするように本山専務に要望した。

6  原告は、平成五年七月三一日及び翌八月二日、従前どおり被告の本社に出社し、右二日には、被告の本社の全社員が参加する朝礼に出席した上で、メーカーの伝票に担当者の印がないことに言及するなど業務に関する注意を参加者に行った。その際、本山専務らも出席して原告が在席していることを認識していたが、特段退席を求めたり異議を述べたりはしなかった。原告は、翌三日の午前中に出社したところ、まず、本山専務から被告を辞めてもらう旨告げられ、その後、各務社長から退職金の明細書二通を交付された。被告は、右同日、同人の預金口座に右退職金を振り込んだが、原告は、翌四日、退職金を被告に返還することとしその旨を被告に通知した。これに対し、被告は、原告に対し、同月六日付内容証明郵便で、原告は取締役に就任した時点で被告の従業員の地位を失ったものであるが、取締役としての忠実義務違反・任務懈怠行為が認められ、再起を促したがその期待に応えることができなかった旨の内容の書面を送付すると共に、被告の取引先にも原告が取締役に再任されなかった旨の通知を出した。その後、原告は、同年九月二日、被告を相手方として地位保全と賃金仮払いを求める仮処分を申し立てた(以下「本件仮処分」という。)。

7  原告の取締役就任後の具体的な職務内容、権限等について

原告が被告の取締役に就任したころ、被告の取締役としては、被告を含む数社からなるカガミグループの統括者である各務社長の下に、被告の日常的な業務運営を主に担当する本山専務、カガミグループ全体の経理を担当する小林専務取締役、本社の業務部門や大町支店等を担当する青柳常務取締役、各務社長の長男である各務秀一取締役、前記田口、角田、原告の各取締役がいた。

原告は、平成三年七月に取締役に就任した後、家族手当、住居手当を支給されず、代わりに役員報酬に相当する役付手当を支給されるようになり、前記のとおり平成五年一月から五月までの間出社しなかった際も、一般の従業員と異なり、毎月全額の給与の支払いを受けた。取締役就任後、原告は、引き続き大町支店長を勤めたが、同支店は従業員が約八名で、原告は、他の従業員と同様に、日常的に得意先の各工務店を回って建材の売込み、代金回収等の営業活動に従事し、営業時間内に同支店を留守にすることも多かった。原告の右職務内容は、取締役就任の前後を通じてほとんど変更がなく、その担当する得意先軒数も一般の営業マンの平均と変わらず、また、原告と同時期に取締役に就任した田口、角田も、原告と同様に日常的に営業活動等を行っていた。

そして、大町支店では、仕入れや売上等業務に関する日報等を本社の本山専務に提出しており、本山専務は、これを検討した上で、原告に対し、各取引先への売上状況等、大町支店の営業に関する個別的具体的な質問や指示を行い、原告はこれに従って同支店の業務を遂行していた。また、大町支店における従業員の採用等については、支店長である原告がまず初期面接をするが、最終的な採否や給与等の待遇の決定は、本社が行っていた(なお、前記認定のとおり、原告自身も被告から平成五年一月に大町支店長から本社勤務に配置換えされるなど、人事に関する被告の決定に服している。)。

大町支店の各事業年度の営業計画については、原告が原案の提出等を行っていたが、最終的な計画の決定や予算の策定、営業所の設置等は、本社において、各務社長や本山専務らが中心となって取締役会で決められていた。更に、大町支店における建物の増築、物品の購入等についても、一定額以上の支出については、経費申請書を本社に提出して各務社長等の決裁を受けることとされ、原告が自由に支出できる交際費等は認められていなかった。

三  右認定のように、原告は、取締役就任後、支給される金員の名目等に変更があったものの、具体的な職務内容は取締役就任以前と変わりがなく、大町支店の業務に関する、基本的な営業方針、人事、予算の策定、具体的な支出等を独自に決定し実施する権限はなく、日常的に同支店の営業内容等について被告の本社、特に本山専務に報告し、その具体的な指示に従って業務を行っていたもので、被告の指揮命令ないし支配監督の下で職務を遂行していたものである。従って、原告は、取締役就任後も継続して、被告との間で労働契約を締結していたものと認めるのが相当であり、原告と被告間で右労働契約を合意解除したと認めることはできない。

また、前記認定の、<1>本山専務は、本件株主総会後も、原告に対して課長か次長として被告に残留するよう勧めていること、<2>原告は、右総会後の平成五年七月三一日、八月二日と被告本社に出勤したが特段就労を拒否されず、とりわけ、八月二日には、従前どおり従業員の朝礼に出席して諸注意を行うなどしたが、出席していた本山専務は特段異議を述べなかったこと、<3>従業員分の退職金が支給されたのは、原告が、八月三日に出社した際であったこと等の諸事情を総合すれば、被告は、本件株主総会で原告が取締役の地位を失った後も、なお同人との間で労働契約関係があると認識していたものといえる。

四  被告の主張について

1  被告は、被告の就業規則の一部をなす退職金規定には、「従業員から取締役に選任された場合の従業員分の退職金支払については、取締役の資格を喪失した時に、従業員分と取締役分を一括して支払うものとし、従業員分については取締役の選任の日より六パーセントの利息を加算するものとする。但し、本人が希望する場合、従業員分の退職金は従業員資格を喪失した時点において支払うものとする。」との条項があり(当事者間に争いがない。)、同条項は、従業員が取締役に就任した場合に従業員としての身分を失うことを明示したものである旨主張する。

しかしながら、従業員が取締役に就任した場合に、労働者たる地位を失うか否かは、前記のとおり、会社の代表者の指揮命令ないし支配監督の下で職務を行っているか否かによって決すべきものであり、右規定はあくまで退職金の支給についての規定に過ぎず、右規定の存在を根拠として、従業員が取締役に就任した場合には従業員たる地位が失われると解することはできない。

2  また、被告は、原告が取締役に就任してから出勤簿から除外されており、出退勤について指揮命令を受けていない旨主張する。そして、証拠(<証拠略>)によれば、大町支店の出勤簿には原告の氏名の記載やその押印は存在しないことが認められる。しかしながら、前掲各証拠によれば、右のような取扱いは、原告が取締役に就任する以前からなされていることが認められ、取締役に就任したことを理由とするものとはいい難い。そして、前掲各証拠によれば、大町支店における原告の出退勤に関する前記取扱いは、原告が支店長という責任ある立場にあることから、勤務時間中は当然勤務していることを前提として、出勤簿による確認を求めるまでもないとの考えに基づくものと推認されるのであり、原告が、出勤簿から除外されていることを根拠に、被告から指揮命令を受けていなかったということはできない。

第三  抗弁2について

一  解雇の意思表示について

被告は、原告に対する解雇の意思表示は本件株主総会において原告が取締役に再任されなかった時点で黙示的になされた旨主張する。しかしながら、前記認定のように、原告は、被告との間に労働契約関係が継続していたものであるところ、前記第二の三の<1>ないし<3>認定のように、本件株主総会後も従業員として勤務していたところ、平成五年八月三日退職金を支給され就労を拒否されたのであるから、原告は、同日被告によって解雇されたと認めるのが相当である。

二  解雇の正当性について

1  解雇理由Ⅰについて

証拠(<証拠略>)によれば、解雇理由Ⅰについては、いわゆるセクハラ行為やそれに起因する嫌がらせといった重大な問題であるにも拘わらず、被告は、本件仮処分の段階では一切具体的な主張をせず、本件訴訟になってはじめて主張するに至ったものであることが認められる。

そして、(人証略)の各証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成元年ないし二年ころ、大町支店の従業員であるM1に対して卑わいな言動に及んだことがあること、原告は、平成五年五月に出社するようになってから、大町支店の取引先等から、病気になった理由を聞かれたことから、M1とM2の不倫関係に悩んで病気になったと述べたこと、本山専務は、平成五年五月末ころの段階で原告が取締役として不適任ではないかと思うようになり、同年六月か七月ころ原告の大町支店長当時の勤務状況等について調査するため同支店を訪れて、M1に一回事情を聞き、その後、本件解雇後の同年九月ころM2から同じく原告の大町支店長時代の状況につき一回事情を聞いたが、それ以外に更に詳しい調査をしなかったこと、解雇理由Ⅰでいわゆるセクハラ行為と主張される事実は本件解雇より三年も前の出来事であること、被告は原告に対し解雇理由Ⅰの事実について本件解雇以前に問い質したり弁明の機会を与える等していないことが認められる。

そして、原告のM1に対する右言動等は被告の社員ないし大町支店長として不相当な行為であり、また、取引先に対して、M1らの関係について述べたことも軽率の謗りを免れないが、被告は、原告が病気に罹患する以前は、その営業実績等を高く買って大町支店長ないし取締役に就任させたものであり、また、本山専務は、M1から原告が右言動に及んだことを聞いた後に、原告に対し、課長か次長として被告に勤務するように勧めているのであり、右事実によれば、原告に女性従業員に対する不穏当な言動等があったとしても、被告としては、これをもって直ちに原告を解雇する意思はなかったものと考えられるのであり、右言動等が本件解雇の理由であったとは認められない。なお、被告は、仮処分段階で右Ⅰの主張を差し控えたのは原告の立場を思いやってのことであると主張するが、その事柄の重大性からして、被告が真に右行為を解雇事由と考えていたのであれば、仮処分段階においてこれを主張するのが自然である。

なお、被告は、原告が、M1とM2が不倫関係にあると邪推して同人らにさまざまな嫌がらせをしたと主張するが、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、不倫の事実の有無はともかく、これを疑わしめるような状況が存したことから、原告は、大町支店長の立場上職場の規律維持のために、M1らに対して何回も注意等をしたことが認められるのであり、従って、原告の右言動をもって解雇事由に該当するということはできない。

2  解雇理由Ⅱの<1>について

(人証略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の大町支店が開催する秋の展示会のため、隣地のガソリンスタンドに支払うべき謝礼三〇〇〇円の支払いを遅滞したが、その後、支払いを済ませており、特段問題が生じなかったことが認められるのであり、同事実が解雇理由に当たらないことは明らかである。

3  解雇理由Ⅱの<2>について

前記認定のとおり、原告は大町支店勤務当時は営業を担当しており、外出のため勤務時間中も同支店を離れることが多かったものである。そして、本件全証拠によるも、同支店を離れている最中に原告に問題行動があったとの事実は認められず、また、(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、平成四年ころに外出中の原告に無線で連絡がつきにくいことが何回かあったが、原告が所在不明であることから問題が生じ、職場の秩序が乱れ、業務に支障が生ずるような状況が生じたことはなかったことが認められ、右認定に反する(人証略)の証言は措信できない。

4  解雇理由Ⅱの<3>について

(人証略)の証言によれば、原告が、平成四年三月に大町支店の展示会場に使用したホテルへの支払いを数か月間遅滞し、その後被告の従業員が同ホテルを使用することが困難になった事実が認められる。しかし、そのために被告の財政状態が疑われるなどその信用が大きく失墜したと認めるに足りる証拠はなく、解雇理由Ⅱの<3>も解雇を相当とする事由とはいえない。

5  解雇理由Ⅱの<4>について

(人証略)の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、大町支店長として、その従業員であるSが起こした平成四年三月の交通事故に関しては、適切な対応や処理を行ったことが認められ、原告の対応や処理に問題があったと認めるに足りる証拠はない。

6  解雇理由Ⅱの<5>について

(人証略)の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成四年に大町支店が行うべき夏の展示会を自ら指揮命令して実施すべきところ、その実施を同支店の従業員であるM3に依頼し、同人が中心になり原告も協力して右展示会の準備等を行ったこと、原告は、右展示会に出席し、一時取引先を連れて外に出掛けるなどしたがまた戻ったもので、無断で右会場を立ち去ったものではないことが認められ、その他に原告が無断で立ち去ったとの事実を認めるに足りる証拠はない。右事実によれば、原告の右行為をもって解雇事由に該当するということはできない。

7  解雇理由Ⅱの<6>について

証拠(<証拠略>、原告本人)によれば、原告は、大町支店長として、担当する得意先からの集金率が、平成四年八月度以降低下し、通常の回収率を大きく下回ったことが認められる。しかし、右に至った背景には、原告が、前記のとおり、職場内の人間関係等に思い悩んで鬱病に罹患し、対人関係に困難を来したとの事情があったことが認められる。また、証拠(<証拠略>、原告本人)によれば、原告は、平成四年一二月から平成五年一月の入院時までの間、本山専務の若干の助力はあったものの、約六三パーセントの回収率を達成したことが認められる。

そして、被告は、前記のとおり、当時原告の回収率が(ママ)低下が精神的な疾患によるものであることを認識した上で、原告を、大町支店から本社へ配置換えして一定期間療養し、回復後に再び大町支店に戻す予定であったのであり、右経緯からしても、被告は、右回収率の低下を理由として原告を解雇したものとは認められない。

また、(人証略)の証言によれば、原告の得意先への請求書の送付が遅れたことは、平成四年六月ころに二、三回あったにすぎないことが認められる。そして、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、当時の得意先からの未回収金額については、値引き処理、返品処理の遅れ、得意先の倒産等に起因するものが多いこと、原告の得意先への請求書の送付が遅れたことによる損害は二社合計六〇万円であることが認められる。

以上によれば、解雇理由Ⅱの<6>に関しても解雇を相当とするような事情は認められない。

8  解雇理由Ⅱの<7>について

(人証略)の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成五年、大町支店の取引先の新年会などの儀礼を一、二回失念したことが認められるが、本件全証拠によるも右事実によって被告の信用が傷ついたと認めることはできない。

9  解雇理由Ⅲについて

<1>解雇理由Ⅲの<1>について

(人証略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成五年五月三〇日、大町支店の棚卸作業の責任者として同支店に赴き、同作業に関する指示を出して作業をした後取引先との打合せのため一時外出し、再び同支店に戻って棚卸作業に従事して午後六時ころ退社したことが認められる。そして、原告が、右作業の際に、行方不明になって部下に対する指揮命令を怠ったと認めるに足りる証拠はない。

<2>解雇理由Ⅲの<2>について

証拠(<証拠略>、原告本人)によれば、平成五年六月一日から七月二七日にかけて、原告は、相当の日数休業したり早退した事実が認められるが、(人証略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、本山専務が右休業等について原告に注意したり改善を促していないことが認められる。そして、右休業ないし早退が無断欠勤や無断退社であったと認めるに足りる証拠はない。

<3>解雇理由Ⅲの<3>について

証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、平成五年五月一〇日から六月三〇日までの二か月間、消臭器の拡販事業に取組んだが、販売目標に達しなかったため右期間が延長されたが、原告は、右拡販事業のために取引先に商品である消臭器を見本品として預けるなどしたが、本件解雇によって取引先から商品を回収できなくなったことが認められる。したがって、解雇理由Ⅲの<3>についても、解雇を相当とするような事情があったとはいえない。

三  以上認定、判断したように、被告が主張する本件解雇理由のうちその一部は、これを認めるに足りる証拠がないものであり、また、本件解雇理由Ⅱ及びⅢのうち、被告主張の事実が存するものについては、原告が仕事上の悩みから病気に罹患し、これが原因となって職務上問題を発生させたものであり、その点について被告も十分理解を示していたものであり、本件解雇理由Ⅰの女性従業員に対する言動等についてもそれ自体は問題のある行為であるが、被告としては、原告の能力等から必ずしもこれを解雇理由になるとは認識していなかったと認められるのであり、結局、原告に対する解雇を相当とする理由は存しないものである。従って、本件解雇は無効であり、原告は、被告との間で労働契約上の権利を有する地位にあるものである(なお、被告は、原告が取締役の地位に固執したことから、原告が取締役に就任した後は労働者としての地位を有していないと解釈して、原告が取締役に再任されなかったことにより、原告との労働契約関係はないとして、原告に対し就労を拒否するに至ったものであり、本来原告について解雇理由があると考えて就労拒否をしたものではないと考えられる。)。

ところで、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件解雇当時、被告から月額金五二万七八〇〇円の支給(前月二一日から当月二〇日までの分を当月二九日に支給)を受けていたが、右のうち金一〇万円は取締役であることを前提とする役付手当てであることが認められる。そして、原告は、前記認定のとおり、既に被告の取締役の地位を失っており、役付手当ての支給を受ける権利はない。したがって、原告は被告に対して、本件労働契約に基づき、平成五年八月以降、月額金四二万七八〇〇円の賃金債権(前月二一日から当月二〇日までの分を当月二九日に支給)を有しているということができる。

なお、原告は、被告が、本件解雇に際し、取引先等に本件解雇を通知したことにより、精神的苦痛を被った旨主張して不法行為に基づく損害賠償を請求する。しかしながら、本件解雇に至る経緯、右通知の態様等諸般の事情を総合すれば、本件労働契約に基づく地位確認及び賃金の支払いを認めることによって右精神的苦痛を慰謝しうると認められるので、右請求は理由がない。

第三(ママ) よって、本訴請求は、労働契約上の地位確認及び平成五年八月以降毎月二九日限り金四二万七八〇〇円の支払いを求める限度(平成五年八月から平成八年二月までの分は、合計金一三二六万一八〇〇円)で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松丸伸一郎 裁判官 小池喜彦 裁判官 青沼潔)

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